

相続手続の違い
相続が発生すると、遺族は深い悲しみの中にありながら、数多くの手続に追われることになります。死亡届の提出、葬儀、年金や健康保険の手続、公共料金の名義変更など、短期間で対応しなければならない事項は多岐にわたります。その中でも特に負担が大きいのが、財産に関する相続手続です。不動産、預貯金、有価証券、保険金など、対象となる財産の種類ごとに必要書類や窓口が異なり、全体像が見えにくいのが実情です。
自分でできる手続はできる限り自分で進めようと考える方は少なくありません。専門家への依頼には費用がかかるため、節約したいという思いは自然なものです。しかし、いざ戸籍を取り寄せようとしても、どこからどこまで取得すべきなのか分からず、何度も役所に足を運ぶことになるケースも多く見られます。金融機関や法務局で書類不備を指摘され、手続が止まってしまうことも珍しくありません。
相続税の申告が必要な場合は、税理士への依頼が事実上不可欠です。一方で、すべての相続手続が専門家でなければできないわけではありません。
相続手続には、専門家への依頼が適しているものと、個人でも対応可能なものが存在します。違いを正しく理解することで、無用な負担や混乱を避けることができます。そこで本稿では、相続手続の全体像を整理したうえで、相続放棄を自分で行うための具体的な手順を丁寧に解説していきます。
相続放棄は自分でもできるが、登記や預金解約は専門家への依頼がお勧めである理由
相続が発生した際、不動産の名義変更や預金の解約を自分で行おうと考える方は少なくありません。インターネット上には手続方法の情報も多く掲載されており、書式も公開されています。そのため、一見すると個人でも十分対応できるように思われます。しかし、実務上はそれほど単純ではありません。
不動産の相続登記や金融機関での預金解約では、まず相続人全員が誰であるかを確定させる必要があります。そのためには、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍を収集し、相続人全員の戸籍もそろえなければなりません。さらに、誰がどの財産を取得するのかを明確にするため、遺産分割協議書を作成し、相続人全員の署名押印を整える必要があります。印鑑証明書の添付も求められます。相続人が遠方に住んでいる場合や関係が良好でない場合、書類の取りまとめは想像以上に困難です。
金融機関ごとに必要書類や書式が異なる点も負担になります。不備があればやり直しとなり、時間と労力がかかります。不動産登記についても、法務局の審査は形式面が厳格であり、軽微な記載ミスでも補正が求められます。
これに対し、相続放棄は手続の性質が大きく異なります。相続放棄では、相続人全員を確定させる必要はありません。あくまで自分が相続人の一人であること、そして被相続人が死亡した事実を証明できれば足ります。遺産分割協議書も不要です。他の相続人の同意も必要ありません。
そのため、必要書類の範囲は登記や預金解約と比べて大幅に少なくなります。家庭裁判所に提出する書類も比較的簡潔で、費用も限定的です。こうした違いから、相続放棄は個人で取り組みやすい手続といえます。一方で、財産の移転手続は専門的知識と経験が求められる場面が多く、専門家への依頼が結果として円滑かつ安全であることが少なくありません。
必要書類①被相続人に関する書類
相続放棄の手続において、まず整えなければならないのが被相続人に関する書類です。家庭裁判所は、申述人の主張だけでなく、客観的資料に基づいて形式的要件を確認します。そのため、被相続人が確かに死亡したこと、そしてどこを最後の住所地としていたのかを公的書類で証明する必要があります。
被相続人が亡くなった事実は、死亡の記載がある戸籍で証明します。通常は除籍謄本や改製原戸籍を取得します。戸籍は法改正により様式が変更されてきたため、改製前の戸籍が必要になることもあります。特に高齢の被相続人の場合、戸籍の改製が複数回行われていることがあり、死亡の記載が最新戸籍に反映されていないケースもあります。そのため、戸籍の連続性を確認しながら取得することが重要です。
次に、被相続人の最後の住所地を証明するために住民票の除票を取得します。これは住民登録が抹消された記録であり、死亡や転出の事実が記載されています。相続放棄の管轄裁判所は被相続人の最後の住所地によって決まるため、住民票の除票は単なる補足資料ではなく、管轄確認の根拠資料となります。住所が複数回変更されている場合には、住民票の履歴をさかのぼる必要が生じることもあります。
また、被相続人の改製原戸籍を取得しておくことも実務上有益です。相続関係が複雑な場合、裁判所から追加提出を求められることがあります。あらかじめ取得しておけば、照会が来た際に迅速に対応できます。戸籍は本籍地の市区町村役場で取得しますが、遠方の場合は郵送請求が可能です。請求書、本人確認書類の写し、定額小為替、返信用封筒を同封する必要があります。
戸籍収集は想像以上に時間がかかることがあります。特に本籍地が複数ある場合や、合併により自治体名が変更されている場合には確認に手間取ります。相続放棄には期限があるため、戸籍取得の遅れが致命的にならないよう、早めに着手することが重要です。
相続人に関する書類、その他書類
相続放棄では、自身が相続人であることを証明しなければなりません。そのため、申述人本人の戸籍謄本を提出します。被相続人の戸籍に配偶者や子として記載されている場合でも、最新の身分関係を確認する目的で自身の戸籍提出を求められることがあります。
被相続人との関係が直系卑属や配偶者であれば比較的明確ですが、兄弟姉妹や代襲相続人の場合には、被相続人の出生から死亡までの戸籍をたどり、自身につながる系譜を証明する必要が生じることがあります。この点は、登記や預金解約ほど広範囲ではないものの、関係性によっては一定の戸籍収集が必要になります。
次に作成するのが相続放棄申述書です。これは家庭裁判所のウェブサイトからダウンロードできます。記載事項には、申述人の氏名、生年月日、住所、被相続人の氏名、死亡日、最後の住所地、被相続人との関係、そして放棄の理由があります。理由は詳細な説明を求められるものではありませんが、「債務超過のおそれがあるため」「財産状況が不明であるため」など、一定の合理性が伝わる表現が望ましいとされています。
費用面では、収入印紙800円分を申述書に貼付します。これは申述手数料です。また、家庭裁判所からの連絡や受理通知の返送のため、郵便切手を予納します。一般的には110円切手を5枚程度用意しますが、裁判所によって異なる場合があるため、事前確認が無難です。余剰分は返還されます。
申述後、裁判所から照会書が送付されることがあります。これは放棄の意思が真意に基づくものであるかを確認するための質問書です。回答期限が定められており、放置すると却下される可能性があります。回答書には署名押印が必要となるため、受領後は速やかに対応する必要があります。
さらに、未成年者が相続放棄を行う場合には、法定代理人による申述が必要です。親権者が同時に相続人である場合、利益相反の問題が生じることがあり、特別代理人の選任が必要となるケースもあります。このような場合は手続が複雑化するため、慎重な対応が求められます。
受理されると、相続放棄受理通知書が送付されます。債権者から請求を受けた際には、この通知書の写しを提示することで放棄の事実を証明できます。紛失すると再発行手続が必要になるため、厳重に保管することが重要です。
放棄の期限と場所
相続放棄において最も重要なのは期限管理です。原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に申述しなければなりません。この熟慮期間は極めて短く、葬儀や各種手続に追われているうちに経過してしまうこともあります。
起算点は通常、被相続人の死亡を知った日ですが、相続人であることを後日知った場合などは例外的な扱いとなることがあります。ただし、その判断は簡単ではなく、安易に自己判断するのは危険です。3か月を経過すると、原則として単純承認とみなされ、放棄は認められなくなります。
また、熟慮期間内に被相続人の財産を処分すると、法定単純承認に該当し、放棄ができなくなる可能性があります。たとえば預金を引き出して生活費に充てるなどの行為は慎重に判断する必要があります。相続財産に手を付ける前に、放棄するかどうかを検討することが重要です。
申述先は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。管轄裁判所は裁判所の公式サイトで確認できます。提出方法は持参と郵送のいずれも可能ですが、書類不備がある場合に備えて、可能であれば窓口持参が望ましいといえます。
窓口であれば形式面の確認を受けられ、不足書類があればその場で指摘してもらえます。郵送の場合は往復に時間がかかり、期限間際ではリスクが高まります。戸籍収集に時間を要することを前提に、余裕を持ったスケジュール管理が不可欠です。
まとめ
相続放棄は、相続手続の中でも比較的個人で対応しやすい制度です。必要書類は被相続人の死亡と最後の住所地を証明する資料、自身が相続人であることを示す戸籍、そして申述書と一定額の費用に限られます。他の相続人の同意や遺産分割協議書は不要であり、手続の範囲は限定されています。
一方で、不動産の相続登記や預金解約は、相続人全員の確定、遺産分割協議書の作成、印鑑証明書の収集など、多数の書類と関係者の協力を必要とします。形式的な不備があれば受理されず、時間と労力が大きく消耗します。
相続放棄は自分で行い、財産の移転手続は専門家に依頼するという役割分担は、費用対効果の観点から合理的です。ただし、放棄には3か月という厳格な期限があり、戸籍収集や書類作成に時間を要するため、迅速な行動が求められます。
手続の性質を正しく理解し、自分でできる範囲と専門家に任せる範囲を見極めることが、相続全体を円滑に進めるための重要な判断となります。
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