

遺言書を作成してもその意思はなかなか伝わりにくい
近年、自分が亡くなった後の遺産分割について遺言書を作成する方は確実に増えています。家族に迷惑をかけたくない、自分の意思をきちんと伝えたいという思いから、人生の終盤にさしかかった段階で遺言書を準備することは、以前よりも広く受け入れられるようになりました。書式も法律で定められており、必要事項を満たせば形式としては成立するため、一見すると難しいものではないように感じられるかもしれません。しかし、実際には「書けば終わり」とはいかず、遺言書は非常に繊細な文書であるため、遺言者の意思が相続人に正確に伝わらないケースが多く見られます。
遺言書が誤解を生む大きな理由は「書き手の意図が読み手に伝わらない」という点にあります。遺言者としては、家族のことを思って最善のつもりで書いていたとしても、曖昧な表現や前提の不足によって、残された家族が悩んだり、場合によっては争ったりする原因になってしまうのです。特に、相続財産が複数あり、相続人の立場や状況が異なる場合は、どのような分け方が妥当なのか、どこまで遺言者の意思を尊重するのかなど、解釈の余地が生まれやすくなります。
また、遺言書は作成の手間が多くないように思える一方で、「意思を正確に伝える」ためには相当の配慮が必要です。財産の状況、相続人の人数や関係性、これまでの経緯などを踏まえながら、誰が読んでも誤解しない文書を作らなければなりません。その際に重要となるポイントはいくつもありますが、これらを意識しなければ、せっかくの遺言書がかえってトラブルの火種になることもあります。
そこで本稿では、遺言書を作成する際に特に押さえておくべきポイントを、いくつかの典型的なケースに分けて紹介していきます。遺言書は人生の集大成ともいえる重要な文書であり、適切に作成することで遺言者の意思を未来に残すことができます。遺言者にとっても、相続人にとっても納得できる遺言書となるよう、どのような点に注意すべきなのかを確認していきたいと思います。
相続財産を1人にすべて相続させるケース
相続財産を特定の一人にすべて相続させたいと考えるケースは決して珍しくありません。例えば、生前に最も親身に接してくれた子どもがいる場合や、特に支えとなってくれた相続人がいる場合、あるいは事業承継の関係で特定の人物に全財産を集中させたいなど、背景はさまざまです。遺言者にとっては、誰に財産を託すべきかが明確であるからこそ、シンプルに「すべてをこの人に相続させたい」と遺言書に記載することになりがちです。
しかし、こうした遺言内容には注意が必要です。相続財産を一人に集中させた場合、財産を受け取れなかった他の相続人が「遺留分」を請求する可能性があるためです。遺留分とは、一定の相続人に法律上保障された取り分であり、遺言によって完全に排除することはできません。遺言者がどれほど強い思いを持っていても、この権利がある限り、全財産を特定の相続人に集中させることは制度上ハードルがあります。
このため、遺留分を請求されないようにする目的で、付言事項として「他の相続人には多くの世話になったので請求しないでほしい」といったメッセージを書く方もいます。ただし、付言事項はあくまで「お願い」であり、法的拘束力はありません。相続人の理解を得られれば効果がありますが、確実ではない点には注意が必要です。
そこで、より現実的な方法として、遺留分を侵害しないように調整した遺言を作成するケースがあります。例えば、重要度の低い財産を他の相続人に遺留分相当額として相続させることで、法的に問題のない範囲で遺言者の意思に近づけることができます。このように、遺言者の希望だけでなく法制度との調和を図ることが、相続トラブルを避けつつ意思を実現するためには不可欠です。
不動産を特定の相続人に相続させたい場合
不動産を特定の相続人に承継させたいという希望も多く見られます。例えば、代々受け継がれてきた本家を長男に継がせたい、実家を特定の子どもに残したいなど、日本の家族文化にも根づいた考え方です。遺言者としては、不動産を誰に引き継がせるかを明確にすれば、その他の財産については相続人同士が話し合い、自然と均等に分けてくれるだろうと考えるかもしれません。
しかし、法律的な観点では、この不動産は「特別受益」とみなされて相続財産に持ち戻されます。特別受益とは、相続人のうち特定の人物が被相続人から特別に利益を受けていた場合、その分を相続分の計算に反映するという制度です。不動産を一人に相続させると、その不動産の評価額を含めた総額を基準に、全相続人の取り分を決定することになります。その結果、遺言者が「不動産を長男に、残りは他の相続人で均等に」という意図を持っていたとしても、制度上は必ずしもその形にはならず、長男が不動産の価値分だけ不利になる計算となることもあり得ます。
このように、単に不動産の承継先を記載するだけでは、遺言者の意思が正確に反映されないことがあります。遺言書の内容を読み取る側が、「不動産の価値も考慮したうえで相続分を計算すべきだ」と判断すれば、意図しない分割結果につながる可能性があります。
遺言者の意思を確実に伝えるためには、不動産をどの相続人に相続させるかという点に加えて、残された財産をどのように配分するのかまで明示することが重要です。例えば、「長男に不動産を相続させ、その他の財産は長男を含む全相続人で均等に分割する」といった記述を加えることで、遺言者が想定していた分け方に近い結果を実現できます。遺言書の書き方ひとつで相続の結果は大きく変わるため、細かなところまで意識を向ける必要があります。
身の回りの世話にまつわる金銭の出入り
生前、自分の身の回りの世話をしてくれた相続人に対して、感謝の意味を込めて多くの遺産を残したいと考えるのは自然なことです。実際、介護や日常的なサポートを担っていた相続人に報いたいという希望は、遺言書の作成場面で非常によく見られます。しかし、この「身の回りの世話」という行為は、相続争いの火種になりやすい側面を持っています。
まず、世話をしていた相続人が「被相続人のために多大な出費をしていた」と主張するケースがあります。交通費や生活用品の購入費、介護サービスを補うための負担など、細かな費用が積み重なっていることも多く、これらを相続の中でどのように扱うべきかが問題になります。逆に、被相続人の口座や預金を管理していた相続人が、他の相続人から「不自然な出金が多い」「使途が不明」などと疑われることもあります。世話をしていた側は「必要な支出だった」と説明しても、他の相続人からすると納得が得られない場合も多いのです。
このように、身の回りの世話に伴う金銭の出入りは、支出・入金の両面で誤解を生みやすく、相続における不信感の大きな原因となります。これを防ぐためには、日頃から金銭管理を明確にしておくことが不可欠です。領収書を保管する、支出の目的を記録する、預金の扱いについて家族と共有しておくなど、透明性を確保する努力が重要になります。
そして遺言書の中でも、世話をしてくれた相続人への感謝や考慮をどのように表すのか、慎重に言葉を選ばなければなりません。金銭の出入りが明確でなければ、遺言書の内容だけで相続人の納得を得るのは難しいためです。根拠となる事実が曖昧なまま遺言書に「世話になったので多く相続させる」と書くと、かえって他の相続人の疑念を招き、争いが生じる危険があります。
したがって、世話に関連する事柄は、まず日常生活で記録を残すこと、そして遺言書では事実関係に基づいた記載を心掛けることが、遺言者の意思を確実に伝える上で重要なポイントとなります。
仲良くしてほしい
遺言者にとって、相続人同士が仲良く暮らしてほしいという願いは非常に大きなものです。家族が争わず、互いに協力して生活してほしいという思いは、多くの遺言書に付言として記載されています。遺産の分け方よりも、家族の絆が続くことの方が何倍も大切だと考える方も多いでしょう。
しかし、この「仲良くしてほしい」という願いは、遺言書に書くだけではなかなか通じない現実があります。文面だけで家族の関係性が改善されるわけではなく、むしろ遺産が絡むことで感情が複雑化し、意図しない対立が生まれることもあります。遺言者としては、争ってほしくないという気持ちが強くても、相続人同士の価値観や背景が異なる以上、文書だけで関係を維持することは簡単ではありません。
このため、遺言書に「仲良くしてほしい」と書くこと自体は意味がありますが、それだけに頼るのでは不十分です。この願いを本当に伝えたいのであれば、生前から相続人一人一人に対し、直接口頭で思いを伝え続けることが欠かせません。実際、遺言の内容を事前に共有し、なぜそのような分け方にしたのか、どのような思いが込められているのかを丁寧に伝えることで、相続人が心理的に納得しやすくなるケースは多くあります。
また、相続人の意向を生前から細かく聴き取り、それを遺言書に反映する姿勢も大切です。それぞれの事情や希望を理解した上で分割方法を決めれば、相続人同士の不満が減り、争いが起こりにくくなります。単に遺産をどう分けるかだけでなく、「なぜその形にしたいのか」を家族に共有することが、仲良くしてほしいという願いを現実に近づける最も有効な手段だと言えます。
まとめ
遺言書の作成は一見簡単なようでいて、実際には非常に繊細なプロセスです。形式を整えるだけなら難しくありませんが、「遺言者の意思を正確に伝える」という最大の目的を達成するためには、相続制度の特徴、相続人の状況、財産の性質など多くの要素を丁寧に考慮しなければなりません。
相続財産を一人に集中させたい場合には遺留分への配慮が必要であり、不動産を特定の相続人に承継させたい場合には、他の財産の扱いまで記載しないと意図と異なる結果になる危険があります。また、身の回りの世話に関わる金銭の出入りは誤解を生みやすく、事前の記録や透明性の確保が不可欠です。さらに、相続人同士が仲良くあってほしいという願いは、生前からのコミュニケーションこそが鍵を握ります。
遺言書は、自分の人生観や価値観の集大成として未来に残る文書です。単に財産を分けるためだけではなく、家族に対する思いやりを形にする手段でもあります。誰が読んでも誤解しない明確な文章で、かつ遺言者の気持ちがしっかりと伝わるよう、丁寧に作成することが求められます。適切に作られた遺言書は、遺言者の思いを確かなものとし、残された家族が安心して次のステップに進むための大きな支えとなるはずです。
当センターではこうした観点をふまえて丁寧な遺言書の作りこみをお手伝いしております。お気軽にご相談ください。