

親に認知症のおそれが生じたら
親が高齢になるにつれて心配になるのが、認知症の発症です。近年の日本では高齢化が一層進み、85歳以上の高齢者の3人に1人が認知症を発症するとも言われています。認知症になった場合、判断能力が低下するため、日常生活に支障をきたすだけでなく、財産管理や法律行為に大きな制約が生じるのが特徴です。例えば、銀行口座から自由に預金を引き出すことができなくなったり、実家や土地といった不動産を売却できなくなるなど、経済的な選択肢が一気に閉ざされることになります。これは親自身の生活費の確保や、介護施設への入居資金の調達にも大きな影響を及ぼします。
そのような事態を避けるために注目されるのが「家族信託」や「任意後見制度」といった仕組みです。家族信託は、親が元気なうちに信頼できる子どもなどに財産の管理・処分権限を託す制度で、認知症発症後も財産が凍結されず柔軟な管理が可能となります。ただし、家族信託を組成する際には「誰に託すか」「どの財産を対象にするか」「どういった使途を認めるか」といった具体的な設計が必要であり、親子の信頼関係と将来像を反映させなければ十分に機能しません。
さらに注意すべき点として、認知症対策を単に「お金を下ろせるようにする」ことだけに限定してしまうと、別の問題を招く危険があります。例えば、財産をどう承継させるかという相続の視点や、税金の負担をどのように抑えるかという納税準備、あるいは親自身の生活費を安定的に確保するという側面などを無視してしまうと、部分的には便利でも全体としては不十分な制度になりがちです。とりわけ専門家に依頼する場合、それぞれの専門分野ごとに異なる助言がなされるため、親子の希望に沿わず断片的な対応になりやすいのです。
したがって、親が高齢になり認知症の兆しが見え始めたら、財産管理や生活保障を含めた包括的な視点から対策を検討する必要があります。そのためには制度の特性を理解することはもちろん、複数の専門領域を見渡しながら、親と子ども双方が納得できる仕組みを整えることが大切です。そこで本稿では、こうした認知症対策をどのように全体的に整理していくべきかを順を追って考えていきます。
認知症対策は納税対策・トラブル予防・生活保障のバランスをとる必要がある
認知症の対策を考える際に重要なのは、単に財産が動かせるようにするだけではなく、三つの側面を同時に調整することです。それは「納税対策」「トラブル予防」「生活保障」という三本柱です。いずれも高齢期の安心した生活や相続の円滑な実現に直結するため、どれか一つでも欠けてしまうと将来的に大きな問題が生じかねません。
まず「納税対策」についてです。相続税の課税対象となる財産を多く抱える家庭では、認知症発症後には生前贈与などの節税策が実行できなくなるため、親が元気なうちに税負担を軽減する方策をとっておく必要があります。たとえば暦年贈与や不動産の評価減を利用した承継などは、判断能力を有する間にしか行えません。したがって、認知症が進行する前に一定の見通しを立てて準備を進めることが肝要です。
次に「生活保障」です。親が認知症になった場合でも、介護施設の利用料や医療費、日常生活費は継続して必要となります。しかし、認知症を発症すると銀行は本人確認が困難になり、家族であっても代理で預金を引き出すことはできなくなります。これを回避するために有効なのが、任意後見契約や家族信託です。任意後見は将来の判断能力低下を見越して後見人を決める仕組みであり、家族信託は財産管理を信頼できる受託者に移しておくことで、親の生活費を安定的に供給できる仕組みをつくります。
さらに「トラブル予防」の観点も欠かせません。親の財産管理を一部の子どもに任せると、他の相続人が不公平感を抱きやすく、相続時に争いが起こる危険性が高まります。これを防ぐためには、遺言書を作成して親の意思を明確に残すことや、信託契約の内容を相続人全員に説明し合意を得ておくことが有効です。透明性を確保することで、後日の紛争を未然に防ぐことができます。
このように、認知症対策には「税金」「トラブル」「生活」という三つの領域が絡み合い、それぞれに適切な仕組みを組み合わせてバランスを取ることが欠かせません。どの側面を優先するかは家庭ごとの事情によって異なりますが、いずれにせよ一方向に偏った対策は危険であり、総合的な視野が求められます。
縦割りで複数の専門家に依頼する弊害
認知症対策を進める際、多くの家庭は専門家に助言を求めます。税金については税理士、登記や信託契約については司法書士、遺言作成については弁護士や行政書士といったように、それぞれの分野に応じて相談先を変えるのが一般的です。しかし、この「縦割りの依頼方法」には大きな落とし穴があります。それは、各専門家が自分の得意分野に即したアドバイスしかできないため、全体としての最適解にならない可能性があるという点です。
例えば、税理士は税負担を軽減することに重点を置くため、大規模な贈与や資産移転を提案することがあります。しかし、その方法が家族内の公平性を欠く結果となれば、将来の相続時に深刻なトラブルを引き起こしかねません。司法書士は登記手続きの正確性を担保しますが、親の生活費や相続税への影響までは十分に考慮しないことが多いのです。弁護士は相続争いの予防を強調しますが、税務的な視点が不足することもあります。このように、縦割りで進めると部分最適は得られても、全体最適からはかけ離れてしまう危険性が高いです。
また、複数の専門家が別々に対応すると、親子にとっては手続きや説明が重複し、時間や費用の負担が大きくなるという現実的な問題もあります。さらに、それぞれの助言が互いに矛盾してしまうことすらあり、かえって親子の混乱を招くケースも少なくありません。結局のところ大切なのは、親の財産を守りつつ生活を保障し、円滑な相続へとつなげるという全体のゴールです。そのためには分野横断的な視点から調整役を担う存在が必要になります。
つまり、認知症対策は単なる専門的な部分対応では十分ではなく、納税、トラブル対応、生活保障の三側面を統合して考えることが欠かせません。その全体最適を実現できる専門家の関与こそが、親子双方に安心をもたらす解決策となるのです。
親子間の契約内容が最も柔軟性をもたせることができる
認知症対策においては、家族信託や任意後見といった制度を用いることが多いですが、実は「契約」という枠組みを活用すれば、かなり柔軟な設計が可能です。契約は当事者間の合意で成立し、法律の強行規定に反しない限り自由に内容を決められるため、登記や税務と比べて幅広い調整ができます。これにより、親子の生活実態や財産状況に合わせたオーダーメイドの仕組みを作ることができるのです。
例えば、実家の承継と生活費の確保を両立させたいケースを考えてみましょう。通常であれば親が実家を子に売却し、その代金を親の生活資金に充てるという方法が考えられます。しかし現実には大きな金銭移動が生じ、税務や資金繰りの問題が複雑化することもあります。そこで「売買予約契約」と「生活費預託契約」を組み合わせることにより、実家の承継をあらかじめ定めながら、同時に生活費を安定的に供給する仕組みを作ることが可能となります。こうした柔軟な発想は、契約ならではの強みです。
また、任意後見や家族信託も契約を基礎として成り立つ制度です。そのため契約の設計を工夫すれば、単に「財産を管理する」というだけでなく、「生活費をどのように支出するか」「介護費用を優先的に充当するか」といった細かな条件まで定められます。結果として、親が安心して老後を迎えられるだけでなく、子どもにとっても将来のトラブルを避けやすくなるのです。
このように契約を核とした柔軟な設計を実現するには、全体像を理解した専門家の存在が欠かせません。特に弁護士は契約全般に精通しており、司令塔となって親子間のニーズに最も適した契約内容を組み立てることが可能です。その上で、必要に応じて税理士や司法書士に協力を仰ぎ、契約に合わせた登記や税務を処理していくことで、ようやく全体最適に近づくことができます。
相続税を扱え、登記業務も取り扱う弁護士への依頼が望ましい
認知症対策を全体最適の観点から進める上で、専門家選びは非常に重要です。しかし現実には、弁護士の多くは登記業務を取り扱わず、相続税に詳しい人も限られています。一方で税理士や司法書士は、それぞれの専門分野に特化しており、契約全体を設計して調整するという役割は担いにくいのが実情です。そのため「誰に依頼すればよいのか」という点で迷うご家庭は少なくありません。
実は弁護士資格があれば、登記や税務の業務を行うことも可能です。もっとも全ての弁護士がこれらを扱っているわけではありませんが、近年は高齢化社会の進展に伴い、相続税や不動産登記に強みを持つ弁護士も増えてきています。そうした弁護士であれば、契約設計から登記、税務処理までを一貫してサポートできるため、親子にとって非常に心強い存在となります。
このような弁護士を「司令塔」として依頼するメリットは大きく三つあります。第一に、契約設計を軸に据えて、納税対策・トラブル予防・生活保障を総合的に調整できる点です。第二に、登記や税務を外部に丸投げする必要がなく、ワンストップで手続きを進められるため効率的です。第三に、相続トラブルの予防から万一の紛争解決まで、一貫して対応できる点です。こうした総合力を備えた弁護士に依頼すれば、縦割り依頼の弊害を解消し、全体最適な解決策にたどり着く可能性が高まります。
したがって、専門家選びに際しては、単に「知り合いだから」「近所だから」という理由ではなく、登記と税務を取り扱える弁護士かどうかをしっかり確認することが大切です。親子の希望に沿ったオーダーメイドの認知症対策を実現するためには、総合的な視野を持つ専門家を見極めることが何よりの鍵となります。
まとめ
親が高齢になると、認知症の発症によって財産管理や生活費の確保に深刻な支障が生じる可能性があります。その対策として注目されるのが、家族信託や任意後見契約、さらには柔軟な契約設計によるオーダーメイドの仕組みづくりです。ただし重要なのは、これらを単なる部分的な制度利用にとどめるのではなく、「納税対策」「トラブル予防」「生活保障」という三本柱をバランスよく取り入れることです。
縦割りで複数の専門家に依頼してしまうと、部分最適にはなっても全体的な調和を欠く結果となりかねません。そのため、契約設計に強く、登記や税務にも対応できる弁護士を司令塔とすることで、ようやく親にとって最も望ましい解決策が導き出せます。最終的には、親の老後を安心して支えるとともに、子どもたちが相続時に争わずに済むような、総合的でバランスの取れた仕組みを整えることが肝心です。
当センターでは、お客様の状況を丁寧に聴取したうえでこうした認知症対策について総合的に解決するサービスを提供しております。ぜひお気軽にご相談ください。